マイグレーションの意味とは?具体的な手法や種類を解説
企業による先端テクノロジーを活用したDXは、すでに多くの企業で重要な戦略テーマとなっています。中には老朽化したシステムやオンプレミス運用をクラウドに刷新しようと苦悩している企業も多いことでしょう。
今回はDXの推進に欠かせない、その基盤となる「マイグレーション」について解説します。マイグレーションとは、「移行」を意味する言葉です。マイグレーションの種類や手法、メリットや必要性、コンバージョンとの違いを正しく理解しましょう。
マイグレーションへの理解が、貴社にとってDX実現への足がかりとなれば幸いです。
マイグレーションとは? 種類や手法
マイグレーションとは、ソフトウェアやハードウェアシステム、およびそのデータなどを別の環境に移転したり、新環境に切り替えたりすることを示します。
パッチ適用のような部分的な修正や実装ではなく、基盤そのものを刷新するイメージと捉えてもよいでしょう。システムの場合、オンプレミスで運用していたものをクラウドサービスといった新しい環境に移行する流れが主流となっています。
マイグレーションは「何を」刷新・移行するかによってその種類が異なります。種類といっても、呼び方が異なるだけで基本の概念や意味は同じです。
レガシーマイグレーション
レガシーマイグレーションとは、レガシー化(老朽化、複雑化、ブラックボックス化)した既存のシステムを新しいシステムに移行することです。
レガシーとは「資産」や「代々受け継いできたもの」という意味があります。もともとは悪い意味ではありませんが、情報システム用語で「レガシーシステム」と使う場合は「古くなった時代遅れのシステム」という否定的な意味になります。技術革新による代替技術が広く普及した段階で、旧来の技術基盤により構築されているシステムを指します。
メインフレームで構築されたシステムだけでなく、オープン系システムの一部もレガシーシステムになりつつあります。2000年代に構築したWebベースのシステムを、現在に至るまで改修を繰り返しながら利用しているケースは珍しくありません。
レガシーマイグレーションには、大きく分けて3種類の手法があります。
リホスト | リライト | リビルド | |
---|---|---|---|
概要 | 現行のプログラムをそのまま新規基盤へ移行する方法 | 現行のプログラムをもとに新しい言語で書き直す方法 | 現行の要件をもとに、言語やプログラムなどシステム全体を再構築する方法 |
レガシー 解消度 | 低 | 中 | 高 |
設計 | 基盤変更に伴う変更 | プログラム言語およびプラットフォーム変更に伴う変更 | 再設計 |
プログラム | 変更なし (基盤変更に伴う変更) | 再生成 (プログラム言語変更、 ロジックは変更しない) | 再作成 (プログラム言語変更、 ロジックの見直し) |
基盤 | 再構築 | 再構築 | 再構築 |
表の通り、システムの刷新対象が多いほどレガシー状態の解消度が高いことがわかります。レガシーからの脱却には、リビルドが最適な手法といえますが、刷新対象が多い分、コストやリスクが高くなります。
また、レガシーマイグレーションは、業務の効率化や改善には直接的な効果がないため、経営層の理解を得るのは困難です。どの手法を選定するかは、現状のシステム全体像を把握した上で検討する必要があります。
アプリケーションの移行
基幹系システムや、個々の業務に使用するツールなどのアプリケーションを既存ハードウェアから新ハードウェアへと移行・最適化することを指します。新しいアプリケーションへの刷新時は、既存アプリケーションで利用していたデータ形式を変換する必要や互換性を考慮する必要があります。
ストレージ・データベースの移行
ストレージは、データの格納先を、新たな格納先(クラウドやハードウェア製品など)に刷新すること、データベースは「アプリケーションの移行」のうち、データベース製品の刷新や、新しいモデルへのバージョンアップを意味します。
それぞれ大幅な移行が伴うと、ユーザーの利用頻度が少ない時間・時期を選び、システムやサービスを停止する場合があります。一方、仮想化技術を用いることで、ユーザー側にストレージやデータベースがマイグレーションされたことを気づかせずに完了できるケースもあり「ライブマイグレーション」と呼ばれています。
コンバージョンやモダナイゼーション、リプレイスとの違いは?
システム更改の表現として「コンバージョン」や「モダナイゼーション」「リプレイス」といったものがありますが、それらとマイグレーションは何が違うのでしょうか。
コンバージョンとは
コンバージョンとは「変換」「転換」「転化」といった意味を持ちます。マーケティング用語では「コストが転換する」意味合いから、集客したリードを最終的な成果目標として使われることもあります。IT用語としては、データやファイルを別の形式に転換する場合にコンバージョンもしくはコンバートという言葉が使われます。
マイグレーションがシステムを新しい環境やバージョンへの移行を意味するのに対し、コンバージョンはソースやデータ、ファイルを異なる形式に転換することを指します。
システム移行にはコンバートとほぼ同義の言葉に「ストレートコンバージョン」があります。これはレガシーマイグレーションの手法の一つであり、原則として従来使用していたソフトウェアに手を加えず、そのまま新しいシステムで動作させる方式を指します。これに対し現行のプログラムをもとに新しい言語で書き直す方法を「リライト」と言います。
いずれもマイグレーションの手法を意味するため、コンバージョンはマイグレーションの手法の一つであると解釈できます。
モダナイゼーションとは
現代化や近代化などと訳される「モダナイゼーション」は、先述のレガシーマイグレーションの発展型とも言えるものです。
システムの仕様や要件定義は現行のものをそのまま活用することで、これまでのソフトウェア資産による安定性を維持しつつ、かつ新ハードウェアへの移行により、新技術への拡張性を持たせることができます。
レガシーマイグレーションは、モダナイゼーションを実現するための手段といえます。
リプレイスとは
システム改修やマイグレーションではビジネスニーズの変化に対応し切れなくなったとき、システム全体を再構築やパッケージ導入などにより、全く新しいものに置き換えることを目的とします。
一方リプレイスとは、業務要件定義からやり直すアプローチのことです。これまでのシステム仕様やソフトウェア資産を活用せず、業務を見直して、新たなシステムに入れ替えます。
マイグレーションを進めなければならない理由
では、なぜ今このタイミングでマイグレーションを進める必要があるのでしょうか。そこには経済産業省が発表したDXレポートにて示唆されています。
老朽化、複雑化、そしてブラックボックス化
そもそもシステムは、完成した直後から陳腐化が始まるものです。そしてその過程で、以下のような典型的な課題が積み重なっていきます。
- 技術の老朽化
- パッチ適用などによるシステムの複雑化
- 運用を含めたシステム全体のブラックボックス化
特に最も大きな問題は、ブラックボックス化です。レガシーシステムは、その大半が階層化された組織ごとに構築されているため、全社横断的なデータ活用が困難となります。また、過剰なカスタマイズ設計を前提に組まれていることから、非常に複雑化している傾向が強いのです。
結果として、どんな機能がどういった意図で実装されているのか、誰も正確に把握していないブラックボックス化が進んでしまいます。
最大で年間12兆円にも上る経済損失
ブラックスボックス化を認識しつつも、レガシーシステムを運用し続けている企業は多いでしょう。経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート」では「日本企業のDXへの対応状況が変わらなければ、2025年には最大で年間12兆円の経済損失が、企業および日本に生じる可能性がある」との警鐘が鳴らされました。
この最悪のシナリオは、「2025年の崖」と表現され、“崖”を越えられない企業は、デジタル化が進む社会において競争力を維持できなくなるとされています。当時、経済産業省はその対策としてレガシーシステムをビジネス環境の変化や技術進歩などに対応できるインフラ基盤へとマイグレーションすることが、構造的なDXに向けたファーストステップになりえると促していました。
進まないDX。日本企業の対応とは
「2025年の崖」は広く企業に認知されましたが、その後2020年12月にはコロナ禍によって浮き彫りになったDXの本質や企業の取るべきアクションについての中間報告書として「DXレポート2(中間取りまとめ)」が公表されました。
その中で、約95%の企業はDXにまったく取り組んでいない、もしくは一部部門での実施に留まっているという現状が明らかになったのです。特にコロナ禍ではそれ以降の「新しい生活様式」への企業の適応を含め「新しい環境にあわせてビジネスを迅速に変革していかなければ生き残ることができない」という点で「2025年の崖」への対応と共通した課題を含んでいるとレポートでは指摘しています。
DXレポート2では、デジタル化を阻害するような以前からの企業慣習、アナログなビジネスプロセスを「レガシー企業文化」と呼んでいます。DXの本質は、単に「レガシーシステムを刷新する、高度化する」ことだけでなく、企業組織が事業環境の変化に迅速に適応する能力を身につけること。その過程で、古くから残る企業文化(レガシー企業文化)を変革することにあるとしています。もはや、レガシーシステムの刷新=マイグレーションの枠を越え、経営陣が主導して取り組むべき「経営改革」としてDXを認識する必要があるのです。
コロナ禍という環境の激変もあり、2025年を待たずしてDXを目指す取り組みの重要性はさらに高まりました。
また、DXレポートとは別に情報処理推進機構(IPA)が2021年10月に刊行した『DX白書2021』では、日本企業と米国との比較にて主にDX以前のデジタイゼーションへの取り組みと成果において、大きな差がついていることが分かっています。
遅れを取る日本企業は、そもそものDX基盤となる業務のデジタル化、システムの刷新が完了せずにいます。コロナへの対応として推進しつつも、まだまだ対応できていない企業は多く、政府の示す「デジタル社会」や「デジタル産業」の実現に向け、早急にレガシーシステムのマイグレーションを企業命題として進める必要があるのです。
マイグレーションを進めるメリット
マイグレーションを実行することで、企業は主に3つの恩恵を得られます。
コスト削減
システム運用にかかるコストを削減できる点が、大きなメリットと言えます。
システムが老朽化すると、場合によってはメーカーによるサポートが終了し、結果として自社で保守・運用を行う必要があります。また、複雑化・ブラックボックス化が進むと、日々の運用コストが増大するだけでなく、次の担当者が不在となってしまうセカンドジェネレーション問題も発生します。システムの全容を理解する人がいないため、致命的なトラブルが発生しうる状況です。
その点、クラウドや共通プラットフォームを活用する形で、レガシーシステムをオープン化するマイグレーションを進めることで、保守・運用のコストは大幅にカットでき、上述のセカンドジェネレーション問題も発生しにくい環境を構築できます。
現行システムの有効活用
長い年月をかけて投資してきた各ソフトウェアの機能性を無駄にせず、新システムとともに必要な部分だけを移行できる点が、マイグレーションの特長です。
これまでのシステム投資をサンクコストとして切り捨てるのではなく、引き続き蓄積・活用できる点が、企業にとって非常に大きなメリットと言えるでしょう。
新技術の導入が容易にできる
マイグレーションを実施し、システムがオープン化することで、新技術の導入も容易になります。
クラウド、AI、モバイル、IoTなど、現在の技術トレンドは連携と分散です。オンプレミスを前提にしたシステムアーキテクチャでは自ずと対応の限界がありますが、マイグレーションを実施することで、より市場の動きに合わせた柔軟な対応が可能になります。
マイグレーションの事例:成長戦略の一環として実施
法人向け機器のセールスを行っているA社では、ビジネスを推進するなかで「リアルタイム性と生産性」「商品管理システムのレガシー化による訴求力低下」という2つの課題を抱えていました。
そこでA社は、マイグレーションを単なるシステムの移転、切り替えではなく、成長戦略の一環と位置付け「業務全体のシームレス化」と「ビジネス変化への即応」という2つの方針を策定しました。そのうえでゴール到達のための優先順位を決め、ロードマップを描き、その実現方法として「品質」「総保有コスト」「納期」「費用」といった観点からマイグレーションを選択したのです。
A社のマイグレーションでは、顧客満足度の向上を目指すために、商品管理システムの「ユーザーインターフェースの刷新」「データモデル見直し」「機能追加・変更」というブラッシュアップを実施しました。また、シーイーシーの提供するBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスを利用し、保守運用をアウトソーシングすることで、A社スタッフの負荷軽減につながりました。
これらの施策により、A社は商品管理システムの改修に関する調査、実施までのリードタイムを約70%削減できました。また、一般的なシステム更新サイクルである5年間で、初期費用を含めて、約30%のコスト削減を実現。さらに、IT担当者がシステムの維持プロセスから解放され、次なる成長ステップに向けた、価値ある業務を行えるようになったのです。まさに、マイグレーションの成功事例と言えるでしょう。
マイグレーションが失敗する理由と課題
マイグレーションが失敗に終わる理由として、主に2つ挙げられます。1つは社内での意見対立です。「顧客に対するメリットを最優先とする部署と、コスト削減を最優先とする部署の対立」「実際にプロジェクトの作業に取り組む情報システム部門と、マイグレーションに関わらないユーザー部門との対立」などにより、最終的なゴールを共有できず、プロジェクトが頓挫してしまうケースはよく見られます。
もう1つは、外的動機によってマイグレーションを行うことが原因となるケースです。「保守切れ」「老朽化」「開発技術者確保」といったことを動機としてマイグレーションを行うと、現状の課題、リスクを回避することばかりに注意が向きます。その結果、新たな価値創出が困難となり、費用対効果が低いプロジェクトになってしまうのです。
こうした失敗が起こりうる要因には2つの課題が存在します。
対象資産の選定と「見える化」
マイグレーションを成功させるためには、現行の資産をしっかりと「見える化」することが必須です。どんな機能がどこに実装され、運用がなされているのか。各ビルディング・ブロック間のインターフェースはどうなっているのか。システムに関わる技術はもとより、現場や人、データなど、あらゆるシステム資産の全体像を一目でわかるように棚卸しすることが大切なプロセスとなります。
これを行わないと、マイグレーションのROIが低下するだけでなく、中長期的な保守・運用コストが増大します。
現行システムの全体像を把握して初めて、どの機能を残し、どんな機能を追加して、将来的に必要となる機能の設計が可能です。
IT人材の不足
もう一つの課題はIT人材の不足です。ここでいうIT人材とは、単純に言われた仕様に沿ったコーディングができる人材ではなく、対象技術への深い理解とリーダーシップ、およびビジネス戦略思考を併せもったプロジェクトマネジャーのことを示します。
特にマイグレーションプロジェクトを進める場合、元のシステム言語と新しいシステム言語、それぞれの知見を有した人材が必要となるため、早い段階からの人材育成や採用ブランディングが必要となります。受け身の姿勢でマイグレーションを実行するのではなく、攻めのIT活用としてのポジションを検討しましょう。
マイグレーションを成功させるために必要な3つのポイント
マイグレーションを成功させるためのポイントは、次の3点です。
1.成長戦略に基づいた戦略的選択
コストやリソースを徹底的に洗い出し、ゴールを明確化したうえで、やるべきことに優先順位をつけ、全メンバーで共有します。
2.価値を生む方針にフォーカス
老朽化したシステムからの単なる移行ではなく、自社の課題を解決し、新たな価値を生み出すことを重点的に議論することが重要です。結果として、企業価値の向上につながります。
3.保守運用・中長期を見据える
移行したら終わりではなく、その後の保守運用にかかるリソースやコストまで、中長期を見据え、一貫性のある計画を立てるようにします。
この3つのポイントを押さえたうえで、お客様、マイグレーションベンダー、インフラベンダーが適切に連携することが、成長戦略としてのマイグレーションを成功させるための重要なポイントです。
まとめ
マイグレーションは住宅で例えれば、延命を目的に原状回復を行う「リフォーム」ではありません。古い住宅を生かしつつも、新たな価値を生み出す「リノベーション」であるべきです。
この大前提を共有しておくことが、マイグレーションの成功には欠かせません。
住宅のリノベーションは、専門家の知識や経験なく行ってしまうとリスクが高まり、かえって物件の価値を下げてしまうこともあります。ITのマイグレーションも同様であり、とくに成長戦略としてのマイグレーションを実現させるためには、専門家の知識や経験をうまく生かしつつ、効率的に実行しましょう。
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